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かごしま黒豚物語

農学博士 川井田 博の『鹿児島黒豚談義』

平成19年5月吉日
鹿児島県姶良・伊佐地域振興局農林水産部国分研修室
農業研修指導員   農学博士 川井田 博

黒六白物語

黒豚博士 川井田博の「かごしま黒豚談義」
その魅力に取りつかれた黒豚との出会い

黒豚博士/川井田博

黒豚博士/川井田博

プロフィール
★農学博士:現在鹿児島県姶良伊佐地域振興局農林水産部国分研修室

あの頃が懐かしいなあ〜!
私とかごしま黒豚との出会いは昭和47年、鹿児島県で国民体育大会「太陽国体」が開催された年です。
確か昭和42年4月鹿児島大学農学部畜産学科畜産製造教室(4年生)を卒業後、夢と希望に燃え、山口県下関市にある大手商社に就職しましたが、いきなり種鶏(プロイラー、採卵)の飼養管理を任され悪戦苦闘の末、勉学に目覚め昭和44年4月再び母校の大学院で2年間研究し、卒業後鹿児島県霧島市にある(県畜産試場)に赴任した翌年のことでした。
学生時代は畜肉や乳加工製品の製造など食べることに関しては相当自信が有ったのですが、いきなり約2OO頭のパークシャー種(黒豚)の飼養試験を任されたのです。
びっくり仰天!豚に関しては全く未知の世界で、日々糞まみれ、汗まみれの連続でしたが、学生時代ボート部で鍛えた体力と精神力および民間企業で培った指導力、鶏で学んだ衛生対策・飼養管理技術等で頑張りました。
こうした折り、昭和47年〜49年まで国と県での協同研究「豚肉の品質判定に関する研究」が実施されることになったのです。

《研究に没頭した二十歳代》

鹿児島県では他県とは異なり、肉質に優れ美味であるパークシャー種を飼育していたため、「パークシャー種の肉質判定に関する研究」を担当することになりました。
こうした研究の素になる試験豚の購入に奮闘していたある時、養豚家のO氏とA氏を知ることになりました。
両氏は黒豚ー筋十数年、自家配合飼料や放牧などそれぞれ独自の飼養管理技術で繁殖豚や肉豚を仕上げていました。
ここで初めて豚肉の3原則新・健・味の3文字を聞くことになりました。
つまり「新鮮で健康にプラス、おいしい豚肉を消費者の方々に食べてもらいたい、そのために黒豚を育てているんです!」と熱く語ってくれました。
また、黒豚は我が国で最初に鹿児島県に移入されたこと、長崎の出島で初めて加工された「ハム」 の材料は鹿児島の黒豚肉であったこと、
西南の役で戦死した郷士の先人たち、そして、東京の上野の森から日本の将来を、あの大きな黒ダイヤのような目でしっかり見据えている西郷さんも黒豚のトン骨料理を食べていたことなど、黒豚にまつわる数々の逸話を伝授してくれたのです。
この両氏のためにも、「黒豚のおいしさの秘密を解き明かそう!」と強く決心しました。
折しも我が国の昭和40〜50年代は、池田首相の「所得倍増論」が声高らかにもてはやされる時代で、畜産界も「生めよ!増やせよ!」とがむしゃらにっなっていました。
豚の世界でも同様で、それまでの肉豚生産はラードタイプのパークシャー種(B)、ヨークシャー種(Y)、から
ミートタイプのランドレース種 (L)、大ヨークシャー種(W)、デュロック種(D)などの産肉能力を重視した量産化に向かって品種は移行していったのです。
そんな中鹿児島県は依然として黒豚にこだわっていました。
私が学会で黒豚の研究などを発表すると「鹿児島は、時代遅れのことをやっている!」と言われたものです。
現在(平成17年度)本県の黒豚出荷頭数45万2千頭 (総肉豚出荷頭数197万4千8百7頭)を考える時、今となっては心地よい思い出です。

『ラードタイプからミートタイプへの変革!』
(現在肉豚はLW・DかWL・Dが主力)

Berkushire

Middle Yorkshire

Lanndrace

Large White

Hampshire

Duroc

鹿児島黒豚のルーツそれは中国から琉球、そして、薩摩へ
そのおいしさは伝わって来た!

鹿児島黒豚のふるさとは、4千年の歴史有る食の国中国と言われています。
世界ーの品種と3億頭もの豚を飼っているこの国は、不老長寿の思想と結びついて、「食は人を養う」と言う認識が浸透し、栄養価の高い豚肉を大切な食材とし色々な料理に利用しています。
この豚が1385年に琉球(沖縄県)に渡り、さらに1600年頃(江戸時代後期)島津18代藩主・家久により薩摩(鹿児島)の地に移入されたました。当時飼育された豚は黒色で体の小さい豚でした。黒豚の知名度が全国版になったのは、幕末から明治時代にかけてと言われています。
黒船来航で揺れる徳川幕府で外交問題の重鎮として参与した水戸藩主徳川斉昭公をして「いかにも珍味、滋味あり、コクあり、何よりも豚肉は精がつく」と言わしめたのが、薩摩から塩豚として献上された黒豚でした。
また、郷土の偉人・西郷隆盛もこの黒豚をこよなく愛したと言われています。


《中国4千年の歴史を象徴する梅山豚:最高36頭もの子供を産む》


《黒色で体の小さい豚の現存か?台湾蘭嶼島の小耳種》

黒豚はお母さんたちが創った豚!


《昭和30年代の鹿児島黒豚》

性質がおとなしく、人に良くなついてくれるというパークシャー種の性質は、やはりお母さん豚詞いによって作られてきたものです。明治時代の頃、黒豚は漁業と一体となって沿岸農漁村の畑作地帯で飼われていました。主な収入は夫の漁業によるものでしたが、海のしけが続くと生活ができなくなります。そこで、お母さんたちは、畑にカライモ(サツマイモの方言) を作りながら、カライモで豚を飼い不漁時の生活の支えとしていました。台風に強いカライモ以外の作物は考えられず、豚の品種も、そんな飼い方に耐える黒豚が根強くお母さんたちに飼い続けられ、料理方法(トンコツ料理)と共に、県内全体にひろがったのでした。
自分たちの生活に合った品種として選びぬかれた鹿児島黒豚、いかなる近代養豚とはいえ、「オレたちの創り出した、オレたちの豚」と胸を張れる豚はいないのではないでしようか。今こそ、このような品種が要求されているのではなかろうか。

さらに、「おいしい」黒豚を!選抜海汰への情熱は続く

こうして広く愛された黒豚のおいしさには、長い歴史の中で数々の品種改良(選抜淘汰)が加えられました。それは明治時代の頃から始まり現在に至っています。まず、パークシャー種の原産地英国より導入された英国パークシャー種(精肉用として利用するため)と交配することで、黒豚の優れた形質を引き出しながら改良を重ね、そのおいしさに一層の磨きをかけ、赤肉と脂肪において「歯切れが良い!」・「やわらかい!」・「水っぽさがない!」・「ほのかな甘みがある!」・「さっばりしておいしい!」などその肉質の良さは万人が認めるところです。まさしく、鹿児島の気候・風土や生産者の情熱と歴史が創り出した鹿児島(城山より桜島と鹿児島市街地を望む》黒豚は、現在のグルメ時代・健康時代を生き延びる人々のニーズを着実に満足させる品種に他なりません。

究極の黒豚を!品種改良への道は休むことがない!

昭和47年(1972年)から続けられた黒豚の品種改良は、10年の歳月をかけて昭和57年(1982年)に産肉能力に優れた第1の黒豚「サツマ」を完成させました。この※系統造成豚「サツマ」は、国内の在来パークシャー種の中でも能力の優れた鹿児島県内産94頭、埼玉県産15頭、農林水産省種畜牧場産11頭、国外の米国産15頭を選定し、これらを基礎豚にして※閉鎖群育種方式により選抜淘汰を繰り返し完成したものです。
我々の大きな育種学的目標は、一日当たりの平均増体重を増やすこと、背脂肪層の厚さを薄くすること、ロース断面積を大きくすること、およびハム(モモ肉)の割合を高くする、いわゆる産肉能力向上を目指すことでした。その結果、どの個体も“いとこ”の血縁関係にあり遺伝的に相似しているために、個体間に資質のパラツキが小さく斉一性が高く、繁殖能力も産肉能力も高められたのです。
また、昭和57年には量から質へと転換した豚肉の需要に応えられるような黒豚づくりの第二系統造成事業に着手しました。


《昭和57年10月英国直輸入パークシャー種雌》

第ー系統豚「サツマ」には米国産パークシャー種を導入したのに対し、第二系統造成では原産地英国より12頭(雄5頭、雌7頭)の肉質に優れたパークシャー種を基礎豚として使い、平成3年(1991年)に肉質に優れた第2の黒豚「ニューサツマ」が誕生しました。次に、平成3年からは県内に飼養されている黒豚の在来種を基礎豚とした第三系統造成事業を実施し、平成13年(2001年) に繁殖能力と肉質に優れた第(昭和57年10月英国直輸入パークシャー種雌)3の黒豚「サツマ2001」(SPF豚:特定病原菌フリー)の完成を見ました。なお、平成19年(2007年)からは第4の黒豚造りの系統造成事業が始まりますが、10年後の平成29年に完成する黒豚が楽しみです。

※系統造成:優れた遺伝子をもった黒豚の長所を受け継ぐように、育種学的に選抜淘汰を繰り返し、より優れた黒豚を造っていくこと。
※閉鎖群育種方式:雄(父)・雌(母)の基礎豚群を交配し、その子孫だけで繁殖を続け、途中の世代で新しい血液を入れない育種方法である。

サツマイモと黒豚の肉質には、まだまだ新しい可能性がある!

サツマイモを肉豚用配合飼料に利用している鹿児島黒豚!サツマイモが黒豚の脂肪の質を向上させていることは、私たちの研究の結果によっても明らかになっています。サツマイモを粉末(水分約12%)にし1〜3割添加給与すると脂肪の融点を上昇させ、不飽和脂肪酸含量を減少させます。黒豚のさっぱりとした食感や体へのよさは、こういう点が背景になっているのです。
サツマイモと黒豚肉のおいしさ、この関係にはまだまだ可能性があり、研究が進められなければなりません。
私はなぜサツマイモなのと?問われた時、「おいしい肉」を造るには肥育後期に澱粉質を多給することである!
しかし、豚の飼料となる澱粉質である麦類(大麦・小麦・ライ麦等)、ジャガイモ、トウモロコシとサツマイモを給与した場合の豚脂肪質とは明らかに異なり、前者は粘っこい弾力性のある脂肪、後者はパサパサした硬い脂肪が生産されます。
この差が肉のおいしさ(ほのかな甘味)に微妙に影響しているとお答えします。
特に最近ドングリを食べたスペインの「イベリコ豚」の生ハムが輸入されています。
その肉は鹿児島黒豚よりおいしいと言われていますが、現地視察した報道誌等から推察すると、そのおいしさの秘談は
豚の品種ではなく、スペインのエストレマドーラ州のパダホス県フレへナルの地が、地中海性気候(硬葉樹林帯)で樹齢400年のドングリの森に放牧され、秋冬においしいドングリ(良質澱粉質)の実を食べ、生体重170Kg:16〜8ヵ月(鹿児島黒豚は110〜115Kg:8〜9ヵ月)で層殺されているからでしょう。
(従って、イベリコ豚は出荷までにドングリ食の期間である10月〜翌年3月までの期間を必ず経過することになる)
なお、おいしい肉質の豚肉を造るには、暖かい地方て飼育した方が良いことが明らかにされています。
「鹿児島黒豚に肥育仕上げ期間の60日にドングリを添加給与したらどうなるか?研究してみたいですね!」

黒豚の優れている肉質を生かす努力が続けられている!

昔からそのおいしさが認められ、人気のあった黒豚ですが、生産性第ーの近代養豚に押され、子供を産む数が少なく(大型種:約10頭、黒豚:約8頭)、発育が遅い、それに純粋種同士を交配し肉豚に仕上げる、いわゆる育種学的に逆行する手法で病気に弱いなどの欠点を持つ黒豚を飼う農家は一時減少しました。
しかし、品種改良により欠点も改善され、消費者のグルメ嗜好と相まって昭和50年度(1万2千頭)に激減した肉豚は、平成17年度(45万2千頭)に激増した。現在では全国的に黒豚の産地が増加し、銘柄豚として販売されています。
鹿児島黒豚肉の特徴は、私どもの同一飼養条件での研究結果から4つに整理できます。第ーに、他の大型品種に比較した場合、肉の筋線維が細かく、しかも赤色線維(I-R型)・白色線維(II-W型)・中間型線維(II-R型)の3タイプに分類した場合白色線維の割合が他の品種より多いことです。
また、この白色線維にはグリコーゲン(ブドウ糖)が多く含まれていることも判明しています。
このことは、食べた時の歯切れの良さ、やわらかさ、ほのかな甘味につながり、そして独特の小味に関係します。ロースの部位で、白豚(大型種)デュロック種の筋線維の大きさが102.3ミクロン(μ)なのに対して、黒豚は81. 1μと約21%細かくなっています。

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